あああ、日付が変わってしまいました;;
まずはやっと……!3月分のおまけの整理をしました!
そして、パラレル短編「"bird"s in heaven」を持ちまして、1日1話はいったん終了としますね。
うーん、このシリーズに関しては色々と言いたいこともあるのですが、言い訳ばかりで……っ。
連載するといつもダラダラになってしまうので、今後はそこを直していきたいです。
「early-"bird" shift」、いつかもっとメリハリある形に書き直せたらいいなあ。
って最近、いつかの話が多くて困ります^^;
では、前に書いたおまけ「同僚」の続きで、パラレルENシリーズの設定です。
□つづき□
橘不動産・東京支部の事務所は、とあるビルの上階、かなり奥まった場所にある。
その為に、ふらりとアポなしで立ち寄るといった客は殆どなく、大抵が確固たる目的を持って訪れる。
「こんにちわぁ~」
その女性は、入ってくるなり大声をあげた。
だから、どこかの業者さんかな、と思ったら───。
「こんにちは………」
全然違った。
革のジャケットにぴったりとしたジーンズ。
ラフな恰好で化粧も薄めだが、顔立ちが華やかだから絶対的に人目を引く。
「何か御用ですか?」
たぶん誰かに個人的な用事があってやってきたのだろうとあたりをつけながら、話しかけてみたところ、
「えっと、門脇といいますけど、なお……じゃない、橘義明、います?」
思わぬ名前を言われて、思わず笑顔が引き攣った。
「───少々お待ちください」
きっと社長の名前を言うだろうと予想していたのに、橘さんのお客様だなんて。
「ああ、わかりました」
来客を伝えると、橘さんは軽く頷いた。
「ちょうどお昼なんで、少し出てきますね」
上着を颯爽と着込んで、女性の待つ受付へと向かう。
もしかして、恋人にしか見せないようなハニカミスマイルでもするかしら、と思って見ていると、これまた予想外の表情が見られた。
「昼時を狙って来ただろう」
ちょっと不機嫌な声で、渋いものでも食べたような難しい顔だ。
「お昼休みの方がいいかなって気を使ってあげたのよ」
女性のほうはそう言い訳をしながらも、
「で、フレンチ?イタリアン?」
と瞳を輝かせている。
「駅向こうまでいく時間はない」
「えええええ~~~!!!」
「………声が大きい」
「じゃあ、下の店で我慢するわよっ」
プンプン、と頬を膨らませながら、女性は言った。
「うなぎか……」
渋い表情のまま、橘さんと女性は事務所を出て行った。
□ □ □
前触れなしに扉が開いて、その男性は入ってきた。
長髪にスーツ。その容貌は整っていて、いやに若い。
(………ホスト?)
としか思えないが、あの流行りの"盛り髪"はしていない。
「どーも」
男性はポケットから細い淵の眼鏡を取り出して、かけた。
するとどこかインテリな雰囲気が漂い始める。
こんにちは、と笑顔で返しながら、、
「御用でしたらお伺いいたしますが」
と言うと、
「いい物件ない?」
男性は親しげな口調で喋りかけてきた。
「お住まいをお探しですか?ええと、どなたかご紹介者様がいらっしゃいま──」
「新しい部屋はいいからさ、おねーさんの家に一緒に住みたいな」
「えっ?」
「家賃、払わなくてもいいウラワザ、知ってるんだよね」
からかわれているのかな、と思って対応に困っていると、
「よさないか」
背後から救いの声がかかった。
以前にも見たような、ものすごく渋い顔の橘さんだ。
「きれいなおねーさんはべらかして仕事してる、って景虎に言ってやろうっと」
「……すみません、気にしないでください」
男性を無視しつつ私にそう謝ると、
「隣、空いてますよね」
応接室となっている隣室へと男性を促した。
「で、首尾は?」
「どうもこうもねーって。二度と嫌だぜ、こんな仕事」
「難しかったか」
「むずかしーなんてもんじゃねーぜ?死ぬかと思ったって。冗談じゃなく。たぶん武田が絡んでる」
「本当か?」
ここで扉が閉まってしまって、会話は聞けなくなってしまったけれど。
(仕事?)
橘さんはもしかして、副業に夜の店でも経営しているのだろうか。
(だって"カゲトラ"って源氏名っぽい)
この間の美女も、そっちの関係の人だったりして。
あり得ないとはわかっていても、なんだか想像が膨らんでしまってしょうがなかった。
□ □ □
その人が入り口から入ってきたとたん、事務所内の空気は一変した。
トレンチコートの下は何故かタンクトップ。
細身で長髪、パッと見では性別がよくわからない。
ただ、ひどく華奢な首筋が艶かしい。
「あの……」
話しかけてはみたものの、何と続けていいか迷ってしまった。
言葉では言い表せないような、とても妙な雰囲気の持ち主なのだ。
「部屋を探しているのだが」
赤い唇が動いて、艶々とした黒髪が揺れる。
声で男性だと判別できた。けれどその口調は、容姿からはとても想像のつかない堅苦しい言い回しだ。
「この近くがいい」
「あ、はい、個人のお客様ですと、ご紹介者様のお名前を頂いているのですが……」
「……はて、なんといったか……。本人とは違って随分まっとうな名前だったはずなんだが……」
「はあ」
「確か……タチバナ・ヨシアキ?」
「……かしこまりました。あの、お客様のお名前をお伺いしても宜しいですか?」
「高坂といえばわかる」
「少々お待ちください」
奥で打ち合わせ中だった橘さんにその名を告げると、
「ええっ!」
みるみる血相を変えた橘さんは、受付まで走って行ってその人を無理やり廊下へと連れ出した。
気になってしまって聞き耳を立てていると、こんな会話が聞こえてくる。
「だから東京での住まいを探しにだな───」
「そんなことしてやる訳がないだろうっ!わかっているくせに何故来るんだ……」
「決まっている。面白いからだ」
「ただでさえこの間の件で、武田には皆ピリピリしているというのにっ」
「ああ、アレか。アレは安田が首を突っ込んでくるから悪い」
「………頼むから帰ってくれ」
「ふふ、では家で待っているぞ」
「待たんでいいッ!!」
やがて戻ってきた橘さんはひどく疲れた顔で、席に座るなり大きくため息を吐いた。
その顔を見ながら、
(ミステリアス……)
ますます橘さんがどんな人なのか、わからなくなってしまった。
□ □ □
先程から電話で応対をしている橘さんは、ずっとそわそわしっぱなしだ。
どうやら早く電話を切りたいらしい。
けれど相手は大切なお客さんで、しかも面倒くさいことにちょっとしたことでも社長にクレームを入れる、クレーマーさんだ。
だからぞんざいに電話を切ったりすると、後々かなり揉めることになる。
「ええ───ええ、そうなんですけども───あの、少々お待ち頂けますか」
橘さんは受話器を手で押さえると、
「外に私宛てのお客様がいらしているはずなので、隣に通しておいて貰えますか?」
とひそひそ声で私に言った。
それでさっきから落ち着きがなかったらしい。
頷いた私が入口まで行って扉を開けてみると、
(………あれ?)
廊下には、男の子がひとり、立っているだけだった。
制服で、しかも通学には少々大きすぎるようにみえる黒いカバンを持っている。
部活動のための着替えを入れているというよりは、
(家出少年?)
私と目があうと、彼は気まずそうに下を向いた。
(あれ、もしかして───)
「あの、橘をお訪ねですか?」
少年は驚いたように顔をあげた。
「あ……はい」
「では、お通しするように言われておりますので、こちらへどうぞ」
笑顔を作って言うと、こくんと頷いて、おずおずとこちらへやってきた。
(かわいい)
照れ隠しなのか、顎を引いて、睨むような上目遣いになっている。
受付を通って応接室へ向かう途中、
「ええ、もちろんです、ええ」
まだ電話中の橘さんの姿を見つけて、少年は立ち止まった。
どうしたのかな、と思って振り返ると、
「───……」
少年はつかつかと橘さんの元へ歩み寄り、よこせといった感じでぐいと手を差し出した。
橘さんは首を横に振って、応接室で待つようにとジェスチャーをする。
むっとなった少年は、なんと橘さんの襟元を掴みに掛かった。
(ええっ!?)
と思ってみていると、少年はスーツの内ポケットからキーケースを取り出す。
「こらっ!───あ、いえ、こちらの話で」
彼は、そこから鍵をひとつだけ外すと、自分の制服のポケットに入れた。
「悪かったな」
小さく言うと、少年はくるりと踵を返す。
すかさず橘さんが、腕を掴んで引きとめた。
「……もう二度と忘れねーって」
不機嫌な声でそう言いながら腕を振り解くと、彼はそのまま出口へと向かう。
「───ええ───ええ」
上の空で返事をしながら、でも、扉のしまる音を聞いて耐えられなくなったのだろう。
「───あの、すみません、すぐ折り返しますので」
全然すまなそうな感じじゃなく言って、橘さんは電話を切った。
(あああっ!)
事務所内の全員が、心の中で悲鳴を上げる。
「高耶さん、待ってください!送りますから!」
そう大声で言いながら、橘さんはそのままバタバタと出て行ってしまった。
(あれはどうみても家の鍵だったと思うけど……)
なんて考えていると、
ルルルルル ルルルルル
事務所の電話が鳴りだした。
ディスプレイの表示名はもちろん先程のお客さん。
(あちゃー……)
残された人間の間で、いったい誰が電話を取るのか根の比べ合いが始まって、少年と橘さんの関係性についてじっくり考えている暇はなくなった。