やっと、やっと、連載「Seven Wonder!」を更新しました。
も、もう、謝るのはやめにしますかね…;;
見苦しいですし…><
おまけがちょっと長いので、許してください><!
原作設定です!
□つづき□
不思議な夜だった。
あと少しで完全な円形になるであろう月は、とても大きく、輝いていた。
いつものように仲のいい同期連中と飲んだくれて、散々上役の愚痴をこぼしあった後、酔いの冷めない身体で駅からの道を家に向かって歩いていた。
決して良い気分ではなかった。毎日のように酒を飲むのは、飲まないと眠れないから。妻はそのことに、文句すら言ってくれなくなってしまった。
でももう、そんなことだってどうでもいい。
大きな月の明かりの下、ふらふらと歩いていると、
「……………」
左手に現れた、いつもは何も考えずに通り過ぎるだけの道が、妙に気になってしまい立ち止まった。
街灯の少ない暗い道。どこに通じているのかもわからない。
だけど、べつにこのまま家に帰ったところで、楽しい我が家が待っている訳でもないのだ。
酔っ払った勢いで、その路地の暗がりへ、足を踏み入れた。
□ □ □
小さい頃、自分は妙な人間がよく視えた。
着物姿の老婆、軍服の男性、現代にはそぐわない格好をした人々、もしくは遠い目をして何をするでもなく、突っ立っている、どこか存在の希薄な人々。中には性別、年齢の区別もつかない、人に見えないようなモノもいた。
やがてそれらの人々が、他の人には見えない、自分にしか見えない特別な人たちなのだと理解できるようになった頃、そのことに気付いてしまった自分から隠れるように、それらの人々は自然と姿を消してしまった。
しかしここ半年ほど、その妙な人間たちが再び姿を見せるようになっていた。
見えない振りをしてやり過ごしてしまえば特に支障はなかったけれど、狭い場所、例えばエレベーターの中などで体中が傷だらけの半透明な男とふたりきりになれば、嫌でも冷や汗をかく。
逆に、通りの片隅にうずくまっている小さな子供の姿などを見れば、無視して通り過ぎる自分の臆病を責めずにはいられなかったりもする。
今も、そうだった。
暗い路地に入って少し行ったところで、とことこと歩く小さな女の子に出くわした。
手にはぬいぐるみを持っている。流行りのアニメ番組に出てくるキャラクターだ。
声をかけたらきっと振り向いてくれる。そんな確信を持ちながら、中々声をかけることが出来ず、後をつけるようにしてしばらく進むと、また、妙な人間に出くわした。
□ □ □
不思議な青年だった。
月の明かりが、そこだけ濃く当たっているように感じるのは、シャツの白のせいだろうか。
スーツ姿で、手には吸いかけの煙草を持ち、ガードレールに腰を下ろしている。
背が高く、体格も良く、何といっても顔立ちが飛びぬけてよかった。色素の薄い髪の毛が、その容姿を際立たせている。
あまりにも特異な雰囲気をしていたものだから、見た瞬間から妙な人間たちの仲間だと思い込んでしまっていて、生きた人間だと気付くまでに少々時間がかかった。
そんな青年の姿は、女の子の目にも特殊に映ったらしい。
『何してるの?』
女の子は立ち止まると、かわいい声で言った。
「………探しものを」
妙な人間───つまり、"幽霊"と生身の人間が話をするところを見たのは、その時が初めてだった。
「君もですね?」
『うん、ママがね、いないの……』
「きっと、ママも君を探してる。だったら下手に歩き回るより、どこかでじっとしていた方が得策ですよ」
『とくさく……』
青年の穏やかな物腰に女の子は心を許したのか、更に青年の傍へと寄った。
□ □ □
『ここで待ってればいいの?』
青年は、首を振る。
「大きな光が見えるでしょう。そこなら安全です。迷子になる心配もない」
『……ひとりで行きたくないの』
「あそこへはひとりでしかいけないんですよ」
『だって、怖いの』
「でも、早くしないとママに会えなくなる」
女の子はそんなのいや、と首を横に振った。
「じゃあ、勇気を出して」
『………パパも来る?』
「ええ、もちろん」
女の子は、青年を指差した。
『お兄ちゃんも?』
「………いつかは」
女の子は少しだけ迷った後で、
『じゃあ、ひとりで行ってみる』
青年に宣言するように言った。
「いい子ですね」
青年が、女の子の頭を撫でると、女の子は満面の笑みを浮かべる。そして、
「あ………!」
笑顔の女の子の身体は、小さな光の塊へと変化した。
「ま、まって……!」
思わずあげた叫び声は彼女には届かなかったようで、光の塊はスッーっと空へと向かって移動しながら、静かに消えてしまった。
□ □ □
「………何てことだ……」
あまりの出来事に開いた口を塞げずにいると、青年は小さくなった煙草を再び口に含んでちらりとこちらを見た後で、そのまま遠ざかって行こうとする。
「あの!」
声をかけたら案外簡単に振り返ってくれた青年に、かける言葉が見つからなくて、
「一本、もらえないかな」
どうでもいいことを言ってしまった。
「………いいですよ」
差し出してくれた煙草を受け取る為に間近に寄ってみて、これは思った以上に歳が若いぞ、ということに気が付いた。
「もしかして………君、未成年?」
スーツのように見えたのは、実は学生服だったらしい。たぶんまだ、高校生だろう。
青年は……少年は軽く笑うと、つけたライターの火を掌で覆ってくれた。
「………まいったな」
あげた煙草に火がついたのを見届けた後で、少年は今度は自分のために新しい煙草に火をつけた。
その手馴れた動作が終わるのを待って、話しかけた。
「実は、禁煙中だったんだ。だけど、今日で終わり」
少年は何故?というように、眉を上げてこちらを見た。
「願かけでね。………実は、さっきの女の子………僕の……僕の娘なんだ」
□ □ □
言葉にしたら、込み上げてくるものが抑えきれず、眼のふちからぬるい水が溢れだした。
「事故だったんだ。もう半年も前になる」
成仏できていないことはわかっていた。夢枕に立った彼女が、まだ天国には行きたくない、おうちに帰りたいと泣くのを何度も体験していたからだ。
「だから、成仏させてあげるまでは……煙草を……」
嗚咽が漏れ出して、最後は言葉にならなかった。
「だったら、これを機にやめたほうがいい」
自分に気を遣ってか、少年は流れる涙を無いこととして扱ってくれている。
「吸っていて、いいことなど何もありませんからね」
「………そうだね」
今日ここで、こんな風に娘の最期に立ち会えたことは、偶然なのか、必然なのか、どちらにしても奇跡にしか思えなかった。説明不可能な出来事というものが、この世の中には存在するのだと思い知らされた。
そして、娘を優しく導いてくれたこの少年には、感謝してもしきれない。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
心の底から、そう思った。
「礼を言われるほどのことじゃありませんよ」
「だけど───」
「いいえ」
少年は、本当に何でもないことのように言った。
「ただ、当たり前のことをしただけです」
□ □ □
(そんなことも、あったっけ)
確かもう、十年以上も昔の話になる。
当時は言うばかりだった上役への不満も、今ではすっかり言われる立場となってしまった。
あの後すぐに生まれた息子も、娘の享年をとうに越している。
(何故急に思い出したんだろう)
ちょうど今と同じような季節の出来事だったからだろうか。
空を見上げて月を探してみても、ビルだらけの狭い空には見当たらない。
視線を、元の町並みへと戻した。
馴染みの無い、ネオンまみれのよそよそしい町並み。
客先に請われての出張だったから、いつもよりは数ランク高い宿泊先を、先方が用意してくれていた。
その宿泊先へ到着しロビーへ入ると、暖い空気が身体を包み込む。それで初めて、今夜はかなり冷え込んでいることに気が付いた。
チェックインを済ませてエレベーターホールへ向かう途中。
(…………ん?)
普通の寒さとは少し違う、身体の芯を冷気が吹き抜けていったようなこの感じ。
立ち止まって気になる方向を見ると、非常階段へと続く扉があった。
「…………」
よせばいいものを、引き寄せられるようにして、その扉を押していた。
□ □ □
扉を開けてすぐのところ、鉄柵で囲まれた踊り場に立つと、右側には上へと続く階段、そして左側は鉄柵が途切れ、屋外の駐車場に繋がっていた。
そしてその駐車場の隅っこ、ちょうど建物の陰に隠れるようにして、少年がひとり、立っていた。目の前の白く光る物体と、対峙している。
よく目を凝らせば、その白い物体は若い女性の姿をしていた。
手首に幾筋もついた傷口から、あとからあとから血が滴り落ちている。
しかしその血は、地面へと落ちる前にスッと消えてしまうから、血溜まりを作ることはなかった。
このホテルで自殺した女性かな、と思った。
大きいホテルや歴史あるホテルには、この類の地縛霊が必ずいる。
しかし………。
「じゃあ、ずっとこのままでいいって言うのか」
『そうよ!放っておいてよ!』
その地縛霊と口げんかをする人間というのは、初めて見た。
□ □ □
不思議な少年だった。
霊に向かうばかりで、こちらに気付いているだろうに見向きもしない。
黒い髪。吊り上げた眉の下の、印象的な眼。両手を上着のポケットに突っ込んで、女性をじいっと見つめている。
何だか面白いことになりそうだったから、見物を決め込むつもりで医者からは止められている煙草を取り出した。
すると、
「何か用」
やっと少年がこちらを見た。
「幽霊とケンカ?」
問いかけながら、煙草に火をつける。
「変わってるね」
「………この人が、見えてるのか」
「まあね」
「じゃあ、あんたからも何か言ってくれ」
予想外のことを言われて、思わず目を丸くした。
「一体、なにを」
「何をって……早く成仏するように」
「言って出来るくらいなら、この世に残ったりはしないだろう」
「………そうだけど」
「だとしたら、僕に出来ることはないよ」
それに、下手に話しかけでもしてつけ込まれたら最後だ。
昔は……娘のような霊を助けてあげたいと思ったこともあったけど、話しかけたせいで幾度も怖い目にあった。あんな経験は、もうごめんだからと、最近は徹底して見えない振りを決め込んでいる。
少年は、フンと鼻で笑うと、
「冷たいんだな」
そう言った。不遜な態度ではあったけれど、不思議と腹は立たなかった。
「君は、霊が怖くはないのかい」
「怖い?」
まさか、と少年は首を振った。
「死んでたって、同じ人間だ」
□ □ □
「こんなところにいたんですか」
突如現れた、ホテルの入り口の方から歩いてきたらしいその男の姿を見て、少年の纏っていた空気が急に変化した。
男を睨み付ける少年の異様な雰囲気に、
『ひっ……!』
恐れをなした女性の霊が、ふっと姿を消した。
少年は一瞬、しまったという顔になったが、すぐに男に向き直る。
「おまえこそ、どこにいってた」
「何も言わずに消えたりするから、晴家が真っ青になって探し回っていましたよ」
「オレが聞いてるんだ!」
「………どこだっていいでしょう」
「よくない。夜には打ち合わせをするって言ってあったはずだ」
「だから戻って来たでしょう」
そういうと、男は少年の腕を掴んでぐいっと引き寄せた。
「それとも、本当に聞きたいんですか。私がどこで、何をしてきたのか」
男が少年の耳元で何かを囁くと、
「ふざけるな……ッ!」
顔をカッと赤くした少年は、怒ったように握られた腕を振り払った。
煮えたような視線を向けられても、男は冷めた顔を崩さず受けとめている。
その冷え切った視線を唐突にこちらに向けられて、一瞬、身体が強張った。
「彼は………?」
「知らない。───部屋に戻る」
踵を返した少年を、
「君!」
何故か、呼び止めてしまった。
□ □ □
「さっきの女性を、いったいどうするつもりだったんだ」
「………あの世へ送るつもりだった」
「景虎様」
少年の事を大仰な名前で呼んだ男は、
「行きましょう」
相手にするなと、先を促している。
そんな男へ反抗するかのように、少年は再びこちらへと向き直った。
「あんたこそ、せっかく霊が見えるんだったら、怖がってばかりいないで何かしてやったらどうなんだ」
「何かって……?」
「話を聞いてやるだけで浄化出来る霊だっている。危険か、そうでないかの見分けくらい、つくんだろう」
確かに、もう十年以上も様々な霊を見てきた訳だし、それくらいはわかるようになった。
でも、
「何故、僕がそんなことをしなくちゃいけない?」
何故わざわざ面倒なことに首を突っ込むような真似をしなくちゃいけない?
「見えるからだ」
「好きで見える訳じゃない」
「そんなの、誰だってそうだ」
寒いのか、少年は外に出していた手を再び上着のポケットへとしまった。
「あんたは好きで足がある訳じゃない。けど歩くだろう。好きで口がある訳じゃない。けど喋るだろう」
□ □ □
「見えるのに見えない振りをするのは、卑怯だ」
ヘリクツだ、と言ってしまいたくなるようなむちゃくちゃな理論。
けれど、使命感に溢れたその言葉を否定するだけの正論を、思いつくことが出来なかった。
確かに、自分は見える。見えない人には出来ないことが出来るのかもしれない。
言い返すことが出来ずに口をつぐんでいると、
「行こう」
気が済んだのか、少年は再び踵を返した。
しかし、今度は隣の男が立ち去ろうとしない。
「………直江?」
少年に声をかけられても、男はしばらく動かずにいたが、やがて、
「煙草、まだやめられていないんですか」
「………え?」
「早いうちにやめないと、あなたが霊になって後悔するはめになりますよ」
「………きみは………?」
男のほうも言いたいこと言うだけ言って、こちらの戸惑いなど気にも留めずに、少年の背中を押して歩き始めた。
「知り合いだったのか」
「いいえ。知り合いという程のものでは」
そう答える男の横顔に、姿のない月の光が降り注ぐ。
それであっと声をあげそうになった。
「あの時の………!」
娘をあの世へと導いた、あの時の少年ではないか!
けれど、気付いた時にはもう、ふたりの姿は建物の向こうへと消えた後だった。
「………妙なことも、あるもんだな……」
巡り会わせというか、なんというか。
携帯灰皿を取り出して、煙草を押し付ける。
頭の中で、彼らの声がこだました。
───当たり前のことをしただけです
───見えるのなら、見えない振りなんてするな
(自分も、何かしなくてはいけないのだろうか………)
時を超えたふたつの言葉が、いつまでも脳裏から消えなかった。