「温泉に?」
「おまえも入って来ればいい」
今日の野営地のすぐ近くには、天然の温泉が沸き出ているそうだ。
赤鯨衆の男達は皆、喜び勇んで出掛けていった。
もちろん、小脇に酒を抱えることを忘れずに。
一応、公共の無料施設が併設されているという触れ込みだったけれど、聞くところによると脱衣所と名のついた掘っ立て小屋がひとつあるだけで、殆ど自然のままの露天風呂だそうだ。
「オレに遠慮する必要なんてない」
皆と同じ湯に浸かることの出来ない高耶は、留守番役を兼ねて残務処理中だ。
直江もそれに付き合って、野営地へと残っている。
けれど別に、高耶に遠慮をしているつもりはなかった。
「人前で肌を晒すという行為は、まるで自分という人間そのものを晒しているような気分になりませんか」
書類から視線を上げた直江は、そう言った。
「私には怖くてとても出来ない」
「………考えすぎだ」
高耶は書類から目を離さずに、指でペンを回している。
「そんな風に思うのはきっと、探られると痛い腹があるからだ」
ところが直江は高耶の皮肉には取り合わず、妙に真面目な顔で呟いた。
「私が全てを晒し出せる相手は、世界でたったひとりだけですから」
それを聞いた高耶は、ゆっくりと顔をあげた。
そして、少し考え込み、何かを言おうと口を開いたところへ
───。
「隊長!!」
名もなき平隊士が突然、テントに駆け込んできた。
「入る前に声を掛けろと言ってあるだろう」
何度言っても誰も守ってくれないエチケットを、あきらめ半分で口にしながら、高耶は息の上がった隊士をみつめる。
「すみません!あの、すぐに来てほしいんですけどっ」
「……仕方ないな」
直江のほうをちらりと見やった後で、高耶はその隊士の後について、テントを後にした。
【さて、もし名もなき平隊士が邪魔に入らなかったら、仰木隊長は何と言っていたでしょう?】
a.他人に肌なんて見せるな b.オレも全てを晒し出せるのはお前だけだ c.……不潔だ ということで、少し趣向を凝らしてみました。